メルボルン日本語キリスト教会
私たちはどこから来たのか?
1991年、アメリカ人の宣教師、スティーブ・ヤングがビクトリア州の長老教会から招きを受け、またアメリカの長老教会から、メルボルンに日本語でのミニストリーを行う、長老教会を始めるように遣わされた。オーストラリアの長老教会の宣教委員会は、カンタベリーでと決定した。そのとき、いつか日本語ミニストリーが独り立ちして、自分たちで経済的にも、活動の面においても、独自で運営していくことができるようになるように、という意向があった。けれども、その時が来るまで、すでにあった英語部の一部である(カンタベリー長老教会の一部である)必要があった。スティーブと妻のセラ、そして子供たちは、1991年から1999年までこのメルボルンで従事した。教会がシティで英会話教室をスタートし、日本人コミュニティに福音を伝えるために努め始めたのは、その頃からである。メルボルン事件(5人の日本人が麻薬密輸の容疑で逮捕、実刑を受けた事件)が起き、教会も支援に努める。1999年、スティーブ・ヤング牧師は、パースで他の日本人教会を開拓するよう召され、ヒュー・プライス牧師が後任として、メルボルン日本語教会の牧師となる。ヒューと妻のまみゆ、3人の子供たちは、2002年10月まで日本語教会で仕える。2002年11月、共に日本への宣教師であったサイモン・クリトル師とサム・マクギオン師が、カンタベリーの役員会において、メルボルン日本語教会を導くことに決定される。そして、サム・マクギオン師退任後、2009年3月バプテスト派より教会初の日本人牧師として土平正治師を向かえ今日に至っている。メルボルン日本語キリスト教会は、たくさんの困難と挑戦に向き合ってきました。しかし、私たちがこのメルボルンで神の教会を建て上げ、神の目的を成就することを求めていくなら、 私たちの主、イエスキリストが、助けてくださいます。